2018/1/18
――雑誌や書籍を作るうえで、グラフィックデザイナーはなくてはならない存在です。私たち編集者とも非常に関係の深いパートナーですが、まずは改めて、グラフィックデザイナーという仕事を簡単に紹介していただけますか。
デザイナーの仕事を簡単にいうと、「与えられた材料を、読みやすく、見やすく配置していく作業」です。ここでの「材料」とは文字や写真、イラスト、図などで、配置先は雑誌・書籍やチラシなどのさまざまな紙(誌)面ですね。
で、その目的は何かというと、「情報の送り手の“思い”が、情報の受け手にしっかり伝わるようにすること」です。
――簡潔でわかりやすい説明ですね。沢田さんは、初めからデザイナーになりたいと思っていたのですか?
いいえ、私の場合、結果的にたどり着いたのがデザイナーという職業でした。
短大の英文科を卒業後、ある人の紹介で、インテリアデザイン関係の事務所で働くことになったんです。インテリアなんてまったくの素人だったので、学校で基礎から勉強したほうがいいと勧められて、昼間働いて、夜は桑沢デザイン研究所でスペースデザインの勉強をしました。スペースデザインというのは、家具や住環境などの空間デザインです。
働きながらみっちり2年間学んで卒業したのですが、勤めていた事務所が厳しい状況になりました。そんな時、「だったらうちに来ないか?」と声をかけてくれたのが、先ほどの“ある人”で、私が今も勤めている会社、デザインコンビビアの創業者(前社長)だったんです。
まあ、畑違いだけどデザインのことを少しはわかっているだろうし、そのころコンビビアは、かかわっていた科学雑誌『Newton』がとても忙しい時期で、人手が足りなかったということもあったんだと思います。
――その方との出会いが大きかったんですね。でも、インテリアにしてもグラフィックにしても、デザインの道に進んでみようと思われたのはなぜでしょう。
父の仕事の関係で、6歳から12歳までの6年間をスウェーデンのストックホルムで過ごしたんですね。1学年遅れて日本の学校に編入しましたが、とても多感な時期を北欧で過ごしたわけです。
ですから、自分ではあまり意識していなかったんですけれど、非常にしっかりとデザインされた北欧の家具とか雑貨とかファブリックだとかの記憶があって、色や形で何かを表現するとかモノを作るとか、そういうことへの憧れがあったのかもしれません。
――コンビビアさんに入社されたのは35年前とのことですが、当時はまだDTP(パソコンでレイアウトから製版まで行うシステム)なんてなかった時代ですよね。
そうですね。いわゆる写植(写真植字)の時代で、レイアウト用紙にすべて鉛筆で書いていました。級数表や三角定規を片手に、文字の書体・大きさや色の指定、写真やイラストの配置指定を紙に書いていくんです。今となっては考えられないほどのアナログな作業でしたね。
ですから、最初は級数表を見せられて、文字の大きさを表す単位は「級」で、字送り・行送りは「歯」で、1級はイコール1歯で、大きさは0.25mmで……なんていう基礎の基礎から教えてもらいました。
――やがて、DTPの波が押し寄せて、レイアウト用紙はパソコン画面に、鉛筆はキーボードに代わったわけですね。DTPの普及によるメリット、デメリットは?
メリットは、やはりすぐにカタチにできることですね。パソコンの画面上で、レイアウトデザインのイメージをすぐに実際の紙面として構築できますから。校正を出すまでのスピードが上がりましたよね。
デメリットは、「デザイナーにとって」ということですが、修正に対応する作業が増えたことです。
DTPがなかったころは、デザイナーは、レイアウトデザインと文字指定をすればよかったわけですが、今は単なる文字の修正や写真の差し替えといった、かつては写植屋さんや製版屋さんがしてくれていた仕事も、私たちの役目になりましたからね。
――アナログ時代にデザインを勉強しておいて、よかったと思う点はありますか。
レイアウトデザインの基本の「型」を学ぶことができたことです。基本的なレイアウトのパターンや、紙面とか文章の内容に即したフォントの選び方とか、文字の大きさのセオリーとか、経験から導き出された美しい「型」を、たくさん知ることができました。
文字の大きさ一つとっても、例えば、本文は12級・13級が基本で、タイトルは44級から56級くらいが基本だとか……。DTPでは制約がないので、それこそ11.5級とか(笑)21級とか、自由に指定できちゃうんですけど、私なんかにしてみると20級の次は24級だよね、といったセオリーが浮かぶので。DTPは自由度が高いぶん、逆に難しいんじゃないかと思うところもありますね。
今、書店のDTP関係のコーナーには、「美しい文字の組み方」みたいなテーマのレイアウトデザインの解説書がたくさん並んでいます。今、デザイナーになる若い方たちが、そういった基礎知識を欲しているという証しだと思います。
――沢田さんが所属されている会社について、簡単にご紹介ください。
社員6人の小さな会社です。社名が「デザインコンビビア」といって、ちょっと聞き慣れない言葉だと思いますが、「コンビビア」は英語のconvivialityからとっています。「宴会好き」「陽気さ」などの意味をもつ言葉ですが、「のびやかさ」という意味を含んでいます。
私たちは、「のびやかさ」とは、管理されるのではなく、自立的で共同的であることから生まれると考えています。メンバー一人一人が自立していて、お互いの個性を認め、尊重し合う、よきパートナーでありたいというポリシーをもっています。
――弊社とのお付き合いも15年以上になりますが、とてもプロ意識の高いデザイン会社という印象があります。
ありがとうございます。私たちは、クライアントさんとも、よきパートナーでありたいと願っています。「同じゴールに向かって一緒に歩んでいく」という意味で。
研友企画出版さんは私たちにとってのクライアントですが、研友企画出版さんも健康保険組合さんなどのクライアントをおもちですよね。
それぞれが、お互いの立場や思いを尊重し、プロとしての知識や技術を駆使して、共通の目標をめざしていく。そのためにコミュニケーションを大切にして、お互いの思いを伝え合う。そういうスタンスがいい仕事を生み、結果的にはクライアントに喜んでもらえると信じています。
ですから、時にはクライアントの意向とは異なる提案をすることもあります。クライアントの意向にそった案をA案として用意しつつ、一方でこういう案はどうですか?というものをB案として示すという具合に。めざすのは、クライアントの期待を超える提案です。目的がしっかり共有できていれば、そういう仕事の進め方もありだと思うんです。
――沢田さんはよく、レイアウトデザインの意図するところを論理的に説明されますよね。「これこれこういう理由でこうしました」とか。それも、そういう思いから?
そうです! 私たちはいつも、「その紙面の目的は何か?」を意識してデザインしています。目的、いわばゴールを達成するために、どういう配置やデザインをしたらよいか考えます。で、それをクライアントにも伝えるようにしているんです。
例えば……そうですね、かぜ予防の記事をデザインするとして、原稿に「かぜ予防のポイントは5つ」と書かれてあるとします。読者にこの5つのポイントをしっかり伝えるのがこの紙面の目的なんだな。それなら5つのわかりやすいビジュアルを用意しよう。かぜの記事だから、背景は寒さが伝わるトーンにしよう……といった感じですね。
もちろん、読者には説明できないので、「説明しなければ伝わらないデザイン」ではいけないのですが、デザインの意図をクライアントと共有することは大事なことだと思うんです。そういうコミュニケーションをとることで、さらにいいアイデアが生まれることもありますから。
――デザイン作業の具体的な話を伺いたいのですが、デザインするときは、いきなりパソコン上で作業を始めるのですか。
私の場合、まずは紙に小さなラフを描きます。編集者の方からサムネイル(ラフスケッチ)をいただくことも多いですが、それをもとに自分で描き起こすこともままありますね。
このラフの段階で、ある程度試行錯誤してから、それをパソコンの画面上に実際のサイズで再現していきます。この流れはレイアウト用紙のころと一緒です。
――その試行錯誤のところで、いいアイデアがすぐに浮かばないこともあると思いますが、そういうときはどうしていますか。
とにかくキョロキョロします(笑)。いろいろなものを見て、インプットするんです。新聞だったり雑誌だったり電車の中吊り広告だったり……、もうそこらじゅうのデザインを見て、ヒントを探すんですね。
デザインに必要な要素を頭に入れて、しばらく時間をおく、いわゆる“寝かせる”こともあります。そうすると、通勤の間や家事をしている間なんかも、脳がずっと考え続けてくれます。で、ある時ふわっとアイデアやカタチが浮かぶ瞬間がある。それをすかさず「マイノート」にメモするんです。
こういう、「アイデアをじっくり考えて熟成させる時間」ってとても大切で、その時浮かんだアイデアを記憶の“引き出し”に入れておくと、別の仕事で使える、なんてこともよくありますね。
――デザイナーにはフリーランスの方も多いですが、会社(グループ)で働くことのメリットにはどんなものがありますか。
忙しいときにフォローし合えることですね。業務が集中してしまうことってどんな仕事でもあるでしょうが、そういうときに仲間で分担し合って乗り切ることができます。
それと、先ほどのアイデアの話にもつながりますが、いろいろなアイデアが必要なときに、みんなで持ち寄ることができます。
例えば、当社では、動物病院のデザインサポートをこれまで80件ほど行ってきましたが、その中でも最も重要な「ロゴマーク」の提案をする際には、社員6名が2週間ほどかけて自分の案を作ります。1人当たり2~7案ほど作るので30案ほどになります。それを2度の社内プレゼンを経て、最終的に3案ほどに絞り、クライアントにプレゼンするんです。当然バラエティーに富んだ、質の高い提案となります。こういうのはグループの強みですね。
――仕事で使っている「こだわりのモノ」があれば教えてください。
先ほどもお話しした「マイノート」です。日記帳でもあり、雑記帳でもあり、アイデアノートでもあるんですが、かれこれもう20冊目くらいになります。ノートの頭からは日記帳として、後ろからは雑記帳として使っています。
あと、「色見本帳」ですね。色は、言うまでもなくデザインにおいて非常に大切な要素です。パソコンやプリンターの機種や設定によって、同じ色の指定でも微妙に違いが出ますので、このDIC社製の色見本帳を基準にしています。常にデスク上に置いて、事あるごとにチェックするようにしています。
――「デザイナーの仕事の魅力」って何でしょうか。デザイナーをしていてよかったと思うのはどんな時ですか。
「思いをカタチにできること」ですね。情報を伝えたいという人の思いを、伝わりやすいカタチにして完成させる。これが私にとっての、デザイナーの仕事の一番の魅力です。
それがうまくいったとき、クライアントにも読者にも喜んでいただけますよね。時にはその喜んだ顔が見られたり、声が聞けたりする。「とってもいいものができて、うれしいです!」とか「これ、すごく見やすい記事ですね!」などと。デザイナーをしていてよかったなと思うのは、そういう瞬間です。
――デザイナーとして、いつも心がけていること、肝に銘じていることがあれば教えてください。
コミュニケーションを大切にすることです。人の思いをカタチにするためには、やはりコミュニケーションが最も大切です。これは職場でも家庭でも、人としての基本だと思いますけれど。
それと、毎日の生活をちょっとでもすてきにデザインしたい、という思いをもっています。デザイナーだからといって、いかにもおしゃれな服を着るとか、いかにも豪華なアクセサリーを身に着けるとかいうのではないですよ(笑)。
服装でも使うモノでも、料理の盛り付けなんかでも、さりげない遊び心があったり、楽しい気持ちになれるような、ちょっとした工夫を大切にする人でありたいと。そういう心の余裕は、いい仕事にもつながると思うし、何よりも人生を豊かにしてくれますよね。
――今後はどんな仕事をしていきたいですか。
今、もう1人の女性スタッフと一緒に、女性建築家のプロジェクトチーム「WHAIS」という一般社団法人にも所属しています。私たちの担当は、その中のグラフィクデザインの仕事が主ですけれど、今後もこれまでとは異なる分野の仕事にも積極的に携わっていきたいですね。
それと、海外の人と一緒に仕事をしてみたいです。価値観の違う人たちとコミュニケーションをとりながら、刺激し合いながらモノを作る経験をしたいなと。今まで考えもしなかったような、ワクワクできるモノが作れるかもしれませんから。
――何だか子どものころの経験や、インテリアデザインに携わっていたころの経験が活かせそうですね。
あ! そういえばそうですね。私、「すごろく」でいえば振り出しに戻っているのかも?(笑)
――デザインコンビビアさんの社名の前に「Visual Communication」という言葉が含まれていることの意味がよくわかりました。コミュニケーションをとても大切にされる沢田さん、そしてデザインコンビビアさんに、今後も弊社のよきパートナーとしてご協力いただければ幸いです。今日はありがとうございました!