2018/3/12
――さかうえさんは、何といっても動物のイラストがチャーミングで、当社でもよくお願いしています。動物イラストの魅力について、どうお考えですか。
動物のイラストは、人物イラストに比べて、表現がやわらかくなったり、ユーモアの要素が加わったりするところが魅力ですよね。あと、性別や年齢が特定されにくい。
たとえば、研友企画出版さんですと、健康・医療系の出版物を作られているので、病気に関係するイラストを使われますよね。苦しそうにしている人や精神的に追い込まれている人の写真やイラストを使うと、シリアスになりすぎてしまうことってあると思うんです。特に写真ですと、性別や年齢も特定されますね。
もちろん、そういう直接的なビジュアルが必要なケースもあるでしょうが、そうでない場合に動物のキャラクターを使うことで、表現がマイルドになって、多くの人に受け入れられやすくなるということはあると思います。
――やわらかいタッチで、動物の特徴を巧みにとらえたイラストを描かれますが、動物イラストを上手に描く秘訣は?
う~ん、すごく当たり前かもしれませんが、「動物のことをよく知ること、きちんと調べること」ですね。その動物の特徴や、世間一般の人がその動物に対して抱いているイメージ、その両方を知ること、調べることが大切だと思います。
例えば、歯を磨いている動物のイラストを依頼されたとします。クライアントから「動物はお任せします」と言われたとする。そうすると、歯に特徴のある動物は?と考えるわけです。で、私の場合、カバとかワニとか馬とかリスなんかのイメージが、すぐにパッと浮かぶんですが、それは、私が、動物の特徴を普通の人よりはよく知っているからだと思うんです。
――さかうえさんの経歴を伺ったほうがよさそうですね。子どものころから絵を描くことが好きだったんですか。
そうですね。絵は小さいころから描いていました。小学校の低学年の時に、親が『ドラえもん』を買ってくれまして、私にとってはそれがカルチャーショックで、むさぼるように読んで、描き写したりもしました。
それ以降、すっかりマンガ好きになって、大学生のころまでに集めたマンガ本は合計で1万冊くらい(笑)。もう部屋中マンガだらけで、壁だけでは足らず、ベッドの下まで本棚にしました。
――ということは、もしかしてマンガ家になりたかったのでは?
ええ、実は……。中学生の時なんか、「マンガ家になるから高校へは行かない」なんて親に言っていたくらいで(笑)。でもマンガはダメでした。何度も描こうとはしたんですけど、ストーリーが浮かんでも1話分さえ描き終わらなかったんです。あと、背景を描くのも面倒で……。
――動物についてはいかがですか。動物の絵を描くのも好きだったんですか。
動物は、小さいころから犬や猫を飼ってきましたが、動物そのものが特に好きというわけではなかったですね。
動物の絵を描くようになったのは高校生くらいからかな。高校は美術科のあるところに行きまして。そこで、夏休みや春休みに課題が出るんですよ。「動物園に行って、クロッキー帳1冊分、いろんな動物を描いてこい」なんていう課題が。
大学(日大芸術学部)でも、イラストレーターの故・安西水丸先生のゼミに入っていたんですが、動物のイラストはちょくちょく描いていましたね。イラストを描いて、水丸先生に見てもらうんです。すると、「ま、いいんじゃない」とか「こういふうにするといいかもね」なんてアドバイスをくれたりして。
――高校は美術科で、大学は“日芸”の安西ゼミなんて、エリートですね! そういうしっかりした下地があって、動物のイラストが得意になられて、アイデアもパッと浮かんでくるわけですね。
いやその、別にエリートではないです(笑)。アイデアということでいえば、私の場合、その源泉は1万冊のマンガ本の記憶だと思います。
手塚治虫さんとか石ノ森章太郎さんのマンガには、動物の特徴を強調したものがたくさんありましたから。石ノ森さんの『仮面ライダー』に出てくる怪人なんか、まさにそういう特徴のある部分が武器になっていたりするわけで。
――動物の表情もすごく上手ですよね。妙に人間臭い動物の絵って、それだけでも笑えます。
表情についても、やはり人間観察が大切ですよね。人は、うれいしときや悲しいとき、悔しいときにどんな表情をするか。もちろん人によって違うし、強弱もあるんですけど、「万人に伝わるのはどういう表情か?」と考えるんです。算数でいうところの“最大公約数”みたいな。何でもそうでしょうが、やはりそういうベースをしっかり意識して、そこにオリジナルの要素を加えていくことが大切だと思います。
――さかうえさんは、大学でイラストレーションを教えていらっしゃるとのことですが、学生たちには、イラストレーターとはどんな仕事だと話していますか。
イラストレーターとは、「絵を使って伝える人(仕事)」だと話しています。
イラストレーターは画家ではないので、やはり、自分の内面から沸き起こるイメージとか感情を表現する――みたいな仕事ではないですよね。まず、クライアントが伝えたいと思う「何か」があって、その「何か」が的確に伝わるように絵を描いていく、そういう仕事ですね。
――どんな講義をされているんですか。
私、落語が好きなので、学生に落語を聞かせて、それをモチーフにしたイラストを描かせたりします。例えば、「へっつい幽霊」という古典落語の演目があるんですが、それを聞かせて、じゃ、この話が伝わるようなイラストを描いてみよう、と。
そうすると、まず「へっついとは何か」から調べなくちゃならない。次に、へっついを画面のどこに配置して、幽霊がどういうふうに現れるように描けばよいか、といった画面構成を考える。そんなことを教えています。
――さかうえさんにイラストを依頼すると、私たち(編集者)の意図を確認されたり、ラフを複数提案してくれたりと、仕事がとてもていねいな印象があります。そういうスタイルはどのようにして作り上げたのですか。
まあ、性格的なところもあるのかもしれませんが、イラストレーターになりたてのころにした仕事の経験が大きいですね。
『こどもことば絵じてん』という、小さな子ども向けの国語辞典の仕事だったんですが、私は「さ行」、つまり「さしすせそ」で始まる言葉を担当したんですね。それで、基本は編集担当者から指定された言葉ごとに例文があり、それが描きにくいようなら提案してもよいと言われました。例えば「去る」という言葉一つでも(小さな子どもたちにわかりやすい表現に合わせ)いろいろな見せ方があるので、考え始めたらいくつも案が浮かぶわけです。それで、さまざまなパターンを提案してしまったんですね。
最終的に本に掲載されたのは、たしか合計50ページで400カットだったんですけど、ほぼその倍近いカットを描いたんです。その仕事を終えたときに、いまのスタイルの原型が作られたように思います。「これもあるし、あれもありますよね」という提案型のスタイルが。ちなみにそんなことしたものだから、その仕事は締切に間に合わず、ご迷惑をおかけしてしまいました(笑)。
――イラストレーターをしていてよかったと思うのはどんな時ですか。イラストレーターの仕事の魅力って何でしょうか。
自分の描いたイラストが掲載されて、印刷物として出来上がったときは、やっぱりうれしいですね。それと、イラストによって伝えるべきことがちゃんと伝わったなと思えたときは、満足感が得られます。しっかり伝えることは、私が一番大切にしていることですから。
理想的には「話しかけるように描くこと」ができればと思っています。言葉を使わずに絵で話しかける――それくらいのつもりでいると、ていねいな仕事ができます。
――陶芸や豆本など、イラストレーション以外にもいろいろな創作活動をされていますが、どれも楽しそうです。そのあたりのことも含めて、最後に今後の抱負を聞かせてください。
陶芸はイラストとは違った面白さがあります。イラストですと、紙に描いては消して描いては消して、を繰り返すんですが、陶芸は土なので、変化させながら、試行錯誤しながら作っていけるんです。ですから、陶芸をすると、平面に立体感をもたせる普通の絵が逆に難しく感じてしまうこともあります(笑)。
豆本(掌に収まる程度の小さな本)は、これも縁あって始めまして、日本豆本協会にも入れてもらって楽しく活動しています。あの極小のサイズ感がかわいらしくて好きですね。
私、昔から、あっち行ったりこっち行ったりしていて、イラストにしても画材やタッチをいろいろ変化させて、その時々に作りたいものを作ってきました。きちんとした目標を決めて、そこを目指してまっすぐに進んでいれば、もっと高みに行けるのかもしれませんが、飽きっぽいというか、新しいものにすぐに手を出してみたくなるんですね。
ですから今後も、「変化し続けるクリエイターでいたい」というのが抱負でしょうか(笑)。
――さかうえさんの今後の変化にも大いに期待します! 今日はありがとうございました。
実際にイラストを描いているところを動画に撮らせてもらいました。
テーマは今年の干支「犬」。さかうえさんの即興イラスト、ぜひご覧ください!