交差点で信号に変わった後でも横断している高齢の方の姿を見てヒヤヒヤしたことはありませんか?これは加齢によって誰でも起こりうる身体機能の低下によるものです。
「年齢を重ねたときの心身の状態」を正しく理解していれば、高齢の方と接するとき、自分が高齢となったとき、このような現象について冷静に対処できるのではないでしょうか。
高齢の方が信号をスムーズに渡れない身体的な理由としてまず思い浮かぶのが足腰の筋力の低下ですが、そればかりではありません。「まぶたが下がっている、もしくは腰が曲がっているために信号機のある上のほうがよく見えない」ことも理由として考えられます。
信号を渡るとき、高齢の方の多くは転ばないようにと足元ばかりを見て、信号をあまり見ていないことがあります。腰も曲がっていたとしたら、信号を見上げるのはひと苦労なのです。さらに目の周囲の筋力が低下し、まぶたが下がっている場合、視野の上のほうが見えにくくなってしまいます。
まぶたが下がっていなければ水平から45度以上の範囲まで見えますが、年齢を重ねてまぶたが下がると次第に視野が狭くなります。30度程度になると信号機は7m離れないと見えず、20度になってくると10.5m離れないと見えません。したがって横断歩道を渡りはじめて向こう側に近づくにつれ、向こう側の信号機を見上げて確認しなくなり、信号に変わったことに気づかないのです(高さ5m以上の車両用信号機の場合)。(*1)
目を開いたとき、まぶたが正常の位置より下がっている状態を眼瞼下垂(がんけんかすい)といいます。まぶたが下がらないようにするための方法として定期的にまぶたを上げる目の運動があります。「目をギュっとつぶってから大きく開ける」という動きをくり返して、まぶたをもち上げるものです。
しかし、どうしてもまぶたが下がって見えにくく、生活にも支障をきたしているというのであれば手術を検討することもあります。余っているまぶたの皮膚をカットして上を見えやすくするという手術法です。
イギリスの信号機などでは横断歩道の歩行者がいなくなったことを感知して信号が変わるので安全なのですが、日本の歩行者用信号機は青が点滅したら走って渡る(または戻る)ことを想定して時間調節しているので高齢の方にはとても不便です。安全に渡るには、信号が青でも変わりそうなときは渡らないようにしましょう。いったん赤になって再び青に変わったときに渡りはじめることです。
信号はおおよそ1秒に1m歩くという前提で調整されています。しかし85歳を超えると歩幅が小さくなり、平均で男性は0.7m、女性は0.6mとなります。歩幅を大きくすると速く歩けるのですが、体重の上下動が大きくなり不安定になって転びやすくなります。
実際に横断歩道の幅を測ってみると、横断歩道の白線の太さが45~50cm、白線の間隔も45~50cmになります。よって、白線と何も引いていない場所を1セットとすると大体1mになります。1セットを1秒で歩くことを意識するとよいでしょう。(*2)
中高年になって青信号のうちに横断歩道を渡りきるのが難しくなってきた場合、1秒間に1mを絶えず歩いていくためには、運動をして足の筋肉を鍛えることが必要です。スクワットが適していますが、本格的なものではなくても軽くやる方法があります。具体的には足を30度くらいに開きます。そして椅子に座って机に手を置いておき、そのまま立ち上がります。これを5~6回くり返し、徐々に回数を増やしていきます。椅子から立ち上がったり座ったりする動作をくり返すことで筋肉が鍛えられます。自分はまだ高齢ではないという人でも、今から意識して筋肉を鍛えておけば将来必ず役に立つはずです。
最近歩くのがやや不自由になってきたという人が安全に外出するためにはシルバーカーを使うのもよいでしょう。シルバーカーは両手で押しながら歩く手押し車で、バッグも付いているので荷物を入れて運ぶこともできます。シルバーカーだとふつうに歩いたり杖をついて歩いたりするときと比べ、歩行スピードが18%速くなるという研究結果もあります。速くなる理由は歩いているときに重心が安定することと、車輪を使うためエネルギーのロスも少なくなるからだと考えられます。(*3)
*1 西本浩之ら:眼瞼下垂手術におけるGoldmann視野計による視野評価とその有用性 眼科手術
加茂純子ら:英国の運転免許視野基準をそのまま日本に取り入れることができるか? 眼瞼挙上術と視野の関係から推察 あたらしい眼科
小手川泰枝ら:眼瞼下垂におけるMargin Reflex Distanceと上方視野と瞳孔との関係 あたらしい眼科
*2 村田啓介ら:歩行者青信号の残り時間表示方式導入に伴う 横断挙動分析 国際交通安全学会誌
東京都健康長寿医療センター研究所、東京大学高齢社会総合研究機構、ミシガン大学:中高年者の健康と生活
田中ひかるら:高齢者の歩行運動における振子モデルのエネルギー変換効率 体力科学
*3 石橋英明:ロコモティブシンドロームのすべて ロコトレ 日本医師会雑誌
上原毅ら:シルバーカーを使用している高齢者の身体機能について 日本理学療法学術大会
(参考文献: 医者・医学博士 平松類著「老人の取扱説明書」SB新書刊)