前立腺がんは男性特有のがんで、高齢化を背景に年々増加の一途をたどっています。男性のがんでは罹患者数(初めてがんと診断される患者の数)がもっとも多く、国立がんセンターの「がん統計予測」によると、2021年の前立腺がん罹患者数は95,400人と、10万人に迫っています。
前立腺は膀胱の下にあり、尿道の周りを取り囲んでいる栗の実のような形をした臓器で、精液の一部に含まれる前立腺液をつくっています。
前立腺がんは、前立腺の細胞が正常に増殖できなくなり、無秩序に増殖することで起こります。早期ではほとんど自覚症状がないのですが、ある程度進行すると尿が出にくい、頻尿、排尿に時間がかかる、残尿感などの排尿トラブルが起こります。進行すると骨に転移して腰椎、大腿骨、肋骨の痛み、下半身まひなどの症状がみられるようになります。
50代以降になると前立腺がんになる人が多くなり、高齢になるほど患者は増えてきます。リスクを高める要因には、加齢のほかに高脂肪の食事があげられます。また、前立腺がんになった家族がいる人も注意が必要です。肥満と前立腺がんの関連を示す報告もあります。
前立腺がんには進行の遅いものもあり、適切な治療を受ける、あるいは経過観察をしながら、寿命まで生きられる場合も珍しくありません。罹患者数は男性のがんで1位ですが、死亡数は7位となっています(2019年、国立がん研究センター「最新がん統計」より)。
前立腺がんは転移すると治療が難しくなるため、早期発見することが大切です。そのために、50代以降になったら、前立腺がん検診として広く行われているPSA検査を受けることがすすめられます。
前立腺がんを見つけるための最初の検査がPSA検査です。PSAとは前立腺の上皮細胞から分泌されるたんぱく質で、血液中のPSAの量を調べ、前立腺がんの可能性を探ります。人間ドックのオプション検査として受けられるほか、自治体でも住民を対象に前立腺がん検診として実施しているところが多くあります。前立腺がんの疑いがあれば、直腸診、経直腸エコー、前立腺生検などを行い、画像検査でがんの広がりや転移の有無を調べていきます。がんの進行の程度や体の状態から治療方法を検討します。
がんを発症すると、がんの種類によってがん細胞からたんぱく質などの特徴的な物質が分泌されます。これを腫瘍マーカーといいます。PSAは前立腺がんの腫瘍マーカーです。腫瘍マーカーの多くは診断の補助や、再発・転移の有無などを調べるために使われますが、PSAは早い段階から数値が上がるため、前立腺がんを早期発見するためにPSA検査が行われています。炎症やがんなどによって前立腺の組織が壊れると、PSAが血液中にもれ出します。前立腺肥大症でももれ出しますが、前立腺がんが進行するとその量が増え、PSA値が高いほど前立腺に異常があると考えられます。基準値は4ng/mL以下ですが、がんがあっても小さければ、基準値を超えないこともあります。
医師が肛門から人さし指を入れ、直腸越しに前立腺に触れる検査で、前立腺の表面に凹凸があったり、左右非対称だったりした場合は前立腺がんの可能性が高くなります。
経直腸エコーは超音波を発するプローブを肛門から入れ、前立腺の大きさや形を調べるものです。
上記の検査結果から前立腺がんの疑いがある場合に行われます。超音波の画像を確認しながら直腸や会陰部から前立腺に細い針を十数本刺して組織の一部を採取し、顕微鏡で調べる検査です。
組織を調べ、がんであることが診断されたら画像診断を行います。MRI(磁気共鳴撮影)検査ではがんが前立腺内のどこにあるのか、前立腺外への浸潤がないか、リンパ節への転移がないかなどを調べます。CT(コンピュータ断層撮影)ではリンパ節転移の有無や周囲の臓器への転移の有無を確認します。骨シンチグラフィーでは骨への転移がないかを調べます。
検査の結果、前立腺がんと診断された場合は、進行度や全身の状態、年齢、患者の希望などから、治療法が決められます。
前立腺生検で見つかったがんが小さく、悪性度が低くて余命に影響がないと判断されたときは、手術などの治療は行わず、がんの状態をチェックしながら、経過観察を続ける場合があります。これを監視療法といます。その間は3~6カ月ごとにPSA検査と直腸診、1~3年ごとに前立腺生検を行います。
高エネルギーのX線や電子線を照射してがん細胞にダメージをあたえ、がんを小さくする治療法です。持病がある人、高齢で全身状態がよくないために手術を行うのが難しい人、手術で生活が変化するのを避けたい人などに放射線治療が選ばれています。
前立腺と精嚢を取り出して、そのあとに膀胱と尿道をつなぐ「前立腺全摘出手術」を行います。術後に尿もれや勃起障害などの合併症がおこるおそれがあるので、手術について医師からよく説明を聞き、納得したうえで受けることが重要です。
前立腺がんは、精巣や副腎から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)の刺激で進行します。男性ホルモンの働きを妨げ、がんの増殖を抑えるのがホルモン療法です。精巣からの男性ホルモンの分泌を抑える薬の注射や男性ホルモンの作用を妨げる薬を服用します。ホルモン療法は、手術や放射線療法が行えない場合、放射線療法の前後に行われます。
ホルモン療法で用いられる薬は、LH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)アゴニスト、抗アンドロゲン剤、LH-RHアンタゴニストなどの種類に分けられます。女性ホルモンのエストロゲンが用いられることもあります。
ホルモン療法は、多くの場合、最初は効果が得られても治療を続けていると効き目がなくなってきます。近年、そうした場合でも効果を示すホルモン薬が登場しています。男性ホルモンが副腎でつくられるのを抑えるアビラテロン、男性ホルモンが前立腺に作用させるのを抑えるエンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミドなどです。
ホルモン療法で治療効果が得られない場合などに、ドセキタキセルやカジバタキセルなどの抗がん薬を用いた抗がん薬治療が行われることもあります。